みなさまの心のふるさとにようこそ 本文へジャンプ
 


「本堂床下工事」25年2月25日(月)完成致しました。

   
 25,2,18(月)本堂の仏具を移動し、畳を上げる。  このように、下板が割れていたり、虫に食われた松板が多数あった。
   
 板を外すと基礎が出現。  現場あわせのものなので、このような名人技がみられる。
   
今回も、閻魔様の時のように、墓石が出現。   墓石に「法師」の文字があるので、お坊さんの石であることがわかった。今回の石と前回の阿弥陀如来の安置した場所の隣に安置する。
   
 正面をブルーシートで隠し、埃の侵入を防ぐ。  床下にさらに沈まないように基礎を置き、補強をこれからしていく作業をする。
   
 床下の梁に補強の支えを写真のように組んでいく。  
   
 内陣の下を正面から。  床板をその上に張っていく。(本日ここまで。)
   
25,2,19(火)今朝は朝から冷たい雨が降っていたが、途中から雪交じりになり、とうとう粉雪に変わるほど、寒い一日となった。頭領は職人さんと二人で、本堂中央の板張りに取りかかった。
 
中央に桟を張った後、合板をその上に貼りにかかった。 
   
一方、職人さんは、廊下の板のの取り外しにかかった。外してみるとこの通り。   本堂と同じように、梁の下に補助の桟を渡し、補強した。
   
合板を張り終えた後、鏡板の貼り付けにかかる。  廊下の下の補強部分の写真その2. 
   
 午後、用事から帰るとすでに敷居は新しいものに変更され、元通りになっていた。  本堂中央の鏡板もほとんど完成していた。(本日ここまで)
   
今朝、できあがった鏡の部分に、仮に仏具を
置いて朝のお勤めをした。本日昼間、畳屋さん
が入り、寸法を計測予定。大工仕事は昨日で
終わったのである。畳が出来上がってくれば
はめこみ、すべて終了となる。25,2,20住職。 
 木更津市内の岩崎畳店。本堂廊下の畳も前回お世話になりました。今回は、本堂内陣と正面廊下の畳を作っていただきます。とくに内陣は、鏡を作ったので、サイズ(丈)が140cmだったり、江戸間幅(大)だったり、小幅のものがあったりと結構寸法がいろいろと分かれていて作る立場としては面倒だったと思います。
 
ちょっと他にはないサイズの畳です。   畳をそらせ、足で踏んではめ込みます。
   
本堂正面の廊下も畳が入りました。   本堂内陣の様子。緋毛氈も敷かれ明日の法事の準備も無事、整いました。、







◎吉祥院「回廊の天井」の修繕

24年3月より4月にかけて


本堂を上がってすぐの廊下の天井がだいぶ痛んできましたので、吉祥院「護持会」がご心配をしてくれて、改修の手はずとなりました。全部で13間の長さがあり、写真のように鍵の地に曲がっております。

   
   
また、正面には欄間がありこれもだいぶ痛んでいるので、ここも改修する予定で、完成後には喜光院壇徒の永嶌弘子氏にお願いし、写仏画を寄贈していただくお願いをしてあります。
   

・工事は、いつもお世話になっている武内建築設計事務所にお願いし、3月中旬頃から工事を開始し、法事の合間を縫って、4月上旬には、完成の予定です。また、その工事が落ち着いたら、境内に古塔婆のお焚き上げをする場所を作り、ご祈祷、ご祈願ができるようにして差し上げる予定です。・・・・住職。

24,3,12工事開始。
   
 早朝、いよいよ養生をして埃が本堂内陣に入らないようにして工事始まりました。  
   
 内部の様子がだいぶ見えるようになりました。  完全に取り払われたあと。四角い穴が規則正しく開いた板が現れました。これは、昔、2本の間に板を通して天井裏に登るはしごにしていたものとのこと。
   
 細かく見ていくと、瓦の下の木皮に穴が開いているところがいくつも発見。ネズミが昔食ったあとだろう、また、屋根瓦をなおした先代の時に、シートが敷いてあるから雨漏りすることはない、とのこと。  斜めの材木は、突き出しの屋根柱。今後、3月21日から、工事は再開の予定。・・・・・住職。
   
 3月21日いよいよ木枠の取り付け工事が始まる。  船をちょうど造るときと同じように縦横の骨組みを1本1本はめ込んでいくのだ。
   
 文化13年。ちょうど、200年も前の回廊なので、当然現場あわせの寸法となる。工場であらかじめ切ってきたものを現場で細かな寸法にあわせながら組んでいく。  いつもお世話になっている、(有)武内建築設計工房。今回は「吉祥院護持会」の発注だが、お金はある時払いでお願いしている。そのためだけの寄付があればよいのだが、出来るだけ、お檀家さんに負担がないように、護持会費を使い、何回かに分けて、支払いすることになっている。ありがたいことです。安いだけではダメで、「良い仕事」をしていただく事が大切だ、と感じ仕事を行ってくださります。そうでないと、また、直さなければならなくなってしまうから。昨年は、お閻魔様の部屋の修繕をしていただいたおかげで、あの東日本大震災の「5強」の揺れにも、何とか持ってくれました。ありがたいことです。
   
 枠組みが完成したあと、22日、本日は、いよいよ四角い板を1枚1枚、内側から、釘で打ち込みます。  それは、それは、細かい仕事。
   
 長い長い廊下ですので、すべて仕上がるのは、あと4日ほどかかる予定です。法事がその間あるので、その日は仕事が半日しかできない日もあります。  木目が1枚1枚違うことがわかるでしょう。
   
 この欄間は外して板を張ってもらい、ちぎり絵、もしくは、仏画を奉納していただき、収まることが決まっています。永嶌弘子氏と25日(日)に打ち合わせの予定です。氏は、上野の森美術館にて、4月20日(金)より「ちぎり絵」展に作品を展示予定で、今年は努力賞をいただいてる由。楽しみです。・・・・住職。  24日(土)欄間がいよいよ取り外された。
   
 内側から写すとこれだけ、壁に隙間があり、後日、左官屋さんが来て、埋める手はずである。  表からだと、柱に今までかかっていた日露戦争の戦利品である大砲の弾がなくなり。これだけのスペースが出来る。ここに、永嶌氏から寄贈していただいた作品を掲示していく予定である。
   
 たくさんの作品を持ってきていただいた中から、この3点を選ばせていただいた。  蓮の花。20号。「ちぎり絵」の作品である。
   
 「聖観世音菩薩」30号変形。  「地蔵菩薩」20号。水曜日以降、頭領にお願いして、掲げていく予定です。・・・住職。
   
 このように、すべて天井の張り替えは終了し、明かりも取り付けられた。  正面は、左官屋の作業がまだなので、3月31日現在、まだ、絵は取り付けられていない。・・・・・住職。
 
  24,4,4齊藤左官さん来院し、壁塗りが始まりました  下塗りを終えた状態
   
   4月5日(木)左官屋さん2日目。漆喰の上塗りが完成し、昨日の状態よりさらに白く仕上がる。上左側が正面表。上右側が中側の様子である。また、工事の関係で彼岸中より表に出してあった賽銭箱が、やっと本堂の中のいつもの場所に収まった。あとは、漆喰が乾くのを待ってから、頭領に、絵を掛けてもらう予定である。・・・・・住職。
   
   4月9日(月)息子の入学式の日に、頭領が来院、急遽、絵を掲げてくれることになった。また、今まで正面にあった「日露戦争」の戦利品の「大砲の弾」と賞状は、客間(閻魔の前の部屋)に掲げてもらうことにした。
   
   大工さんに過去に寄付していただいた、札を移動し取り付けていただく。
   
 正面から見た図。  ご本尊「毘沙門天」の宝物を持った手より、五色の糸が放射状に広がり、お外の御手綱につながってまいります。細い糸から太い糸に奉納絵画の祈念に変えさせていただきました。・・・・・住職。
   
   





◎震災で開いてしまった「梁(はり)」を補強する。23,7,20

   
   
 実はこれ、本堂の内陣から入り口の廊下まで1本の金具で梁の柱と柱の間が開いてしまった部分を締め直すための長い長いボルトなのです。  
   
 締めてなおした後に、大工さんによってこのように木の柱をさらにかぶせて補強していただきました。今後、また、地震が来ても、大事にならないように。  また、こちらは本堂脇室の閻魔様と対峙する部分の梁。本堂と隣り合わせですのでこちらもこのように太い梁をたして補強しています。片方をやるよりも、隣同士で補強し合うことで強度をさらに増すことをねらっています。・・・・・・住職。
   




◎吉祥院本堂脇室「閻魔」初釜の様子


   
 表参道からの『山門前』と  『裏参道入り口』及び、『門柱前』に「東清」花店からのご厚意で、立て看板を設置させていただきました。
   
 本堂正面にこのように閻魔様の方を向いて椅子が並べられたのは、初めてです。いつも使っているざる鐘、導師机は襖の方に片付けてあります。  ここに願い事を書いた護摩木は、『壇木』として、明日、お炊きあげされていきます。
   
 横から見るとこの通り、50人ほど椅子席を用意させていただきました。  当日は、来た人から順々にお座りいただきました。護時会からは、生花の奉納があり、このように飾らせていただきました。
   
   
 いよいよ、お護摩が始まります。義輝を先導に、喜光院住職中村氏、私が続きます。  皆さまにご挨拶。当日は、30名弱の方々がお見えになりました。
   
 「表白文」を読み上げます。  「観音経」の読経の中、印を結び所作をします。
   
 いよいよ、お護摩に点火。火がめらめらと燃え上がります。  護摩札は全部で41本。5本ずつ手に持ち、火であぶり、祈祷していきます。
 
 ちなみに、これだけ火が上がっていると結構、暑いです。  皆さまの願いを書いた、護摩木をくべていきます。
   時間は、トータルで35分くらい。このあと皆さまに祈祷を終えた護摩札をお配りして、解散いたしました。・・・・住職。



◎門標、四けつ、壇線がそろいました。23,5,12
   
いつもの大工さん。頭領が作ってくれた門票と壇の角に入れる四けつを壇に合わせて調整してくれています。  座布団の上にあるのが「四けつ」。「けつ」の字は常用漢字にないのでひらがなで。用はこの棒で結界を作るのです。
   
 これが、頭領が作ってくれた「門標」。写真だけだと楊枝みたいですね。実際の長さは75cm、太さは5cmくらいです。  ケヤキ壇にケヤキの台座をつけて四けつをネジで取り付ける。
   
   
   
 門標と四けつに壇線を巻き付ける  これで完成。この座布団に座り、護摩を焚くのである。23,5,12・・・・住職。

◎お閻魔様前の部屋修繕 22,7,31

皆様が法事の時にお座りになる畳。その下はこのように、場所によっては、抜けておりました。 こちらは昔、ふすまがあった敷居の下。その下は、ぐらぐらでありました。
写真上の板は、昔回廊だったために松の板、下は畳の間だったために杉板が使われております。 しかし、ご覧の通り、ずれていたり、板がゆがんでおりました。
今回、痛んでいるところは直し、現在、ふすま等は使っていないので、ご覧の通り、敷居は檜の板に新たに変更いたしました。。 ご覧の通り、お閻魔様の前の部屋は美しく変貌いたしました。ぐらつきもほとんどありません。22,7,31








◎壇信徒トイレ「うすさま明王堂」建立まで21,10,24

本堂から中廊下へ続く床が抜けてグラグラだったので、半分を板の間に、半分をたたみ床に代えさせていただきました。 板の間の上の壁には、大工の棟梁に依頼してあるのですが、寄進者名簿の板をかける予定です。この道を通って「壇信徒用トイレ」に行くのです。下の写真、いよいよ本日10月27日、壇信徒用トイレの基礎工事が始まりました。・・・・・住職。
21年11月7日(土)いよいよ柱を立て始める。 木曽檜(ひのき)100年もの4本とその他は紀州産檜40年ものである。
なめらかなこの柱が木曽檜である。 たった1日でここまで仕上がった。

○開眼法要・落慶式につきましては、平成21年12月19日(土)14時より行いました。使用につきましては、友引を含めまして、お寺のお休みの日以外の朝6時より、午後5時まで(季節により、時間の前後あり)とさせていただきます。もちろん、おたばこ等、火気厳禁となります。
木曽檜(ひのき)100年ものの柱4本と紀州檜40年ものの柱を使って建てられています。大工の棟梁が、本堂を修繕してもこの建物が残るよう考えて作ってくれています。 吸音材と檜の板で内装張りをしてあり、まるで中にはいると森林浴をしているような気持ちよさです。これからいつもお世話になっている、私の教え子のお父さんの左官屋さんがタイル等を貼っていってくれる予定です。
「蔵創り」をイメージしてもらい、外壁は上部と下部を素材を変えて貼っていってもらっています。また、隣の写真は、内部(作業途中)の様子です。・・・・・21,11,18
「うすさま明王堂」に収まる中国現地で製作させた「うすさま明王」 「うすさま明王」が収まる厨子を大工の棟梁が作ってきてくれました。
トイレに収まる便器や洗面台もいよいよ搬入されました。21,11,19 今日は、左官屋さんが来て、壁の基礎塗りをしてくれました。21,11,23
上塗り完了。きれいになりました。 雨が降っても、本堂から濡れないで行けるように、アプローチを設置いたしました。
男子便器付近は、立ち位置がわかるように黒御影石にしてもらった。 男子便器より、女子トイレに向かった様子。21,11,27
アプローチの下をコンクリできれいにしてもらいました。月曜日まで通行止めです。 「うすさま明王」が木箱につめられ、おがくずで大事に大事に入れられて吉祥院にやってきました。
そっと木箱から取り出しました。大丈夫、欠けているところはありません。 厨子に入れ、とりあえず、本堂に仮安置しました。21,11,28
基礎工事完了。外のコンクリートのたたきが完成しました。二人が立っているところから緩やかなスロープとなっています。「うすさま明王堂」には、アプローチがあるので濡れないで入ることができます。彼は、高浦さんと言って、基礎工事のの職人さん(専務さん)です。彼女募集中(!?)です。約1ヶ月間まじめでよい仕事をしてくださりました。21,11,30 今日は石井タイル屋さんが来て、男子便器の壁のタイルを貼っていってくださりました。淡いベージュにグリーンの花タイルの帯が1列のものです。お陰様で、幸せそうな気分のものに仕上がりました。21,12,1
答えは男子の小便器の下の配管の穴なのです。便器を載せてしまうともう二度と見えなくなってしまうものなのです。おわかりいただけましたか。下は女子トイレ(男子大便用も兼ねる)には、ボタンを押すと水の音が流れる音が聞こえる音響効果もつけさせていただきました。右下は、手を洗った後に乾かすジェットタオルです。洗面所は、シャンプーができそうなくらい立派なもの。この後、建具屋さんが男子便器との仕切り板をつけた後、鏡と共に、正式に設置していきます。21,12,5
「うすさま明王」も安置いたしました。 場所は、入り口正面の左側です。21,12,5
男子小便器との境の仕切りも設置し、洗面台も正式に取り付けることができました。 洗面所の鏡は、化粧を直すこともできるように、両側が稼働する三面鏡となっています。
男子用便器の上の照明は、直接光が当たらないように間接照明とすることで光の優しさを醸し出せるようにしました。なおかつスペース全体をも照らし出せるようなものを選びました。 女子トイレのスペースも狭いながらも間接照明を採用しました。
女子トイレ(男子大便用も兼ねる)のドアも檜を採用し、力のない方でも開け閉めしやすいようにハンドル式のドアノブを採用してあります。 水は温水になりませんが、手に優しくあたるシャワー式を採用しています。もちろん、力がない方でも楽に蛇口を開け閉めができる、レバーを上下するタイプを採用してます。
後日、取り付ける予定の看板(欅製)です。 本堂の「トイレへの道」に掲げられた一万円以上の御寄進を頂いた方々の名札。まだ、書いている途中ですので。これはまだ、その一部です。・・・・・21,12,7
看板と御真言の板、お賽銭がつけられました。 本番前に記念写真。21,12,14

◎「うすさま明王堂」開眼・落慶式。21,12,19


上は正面より、下は椅子席の様子。 上は横からの様子、下は電気カーペット席。
今回も「森花」の生け花をお願いしました。 正面の山門から。
裏門からの看板。 吉祥院「護持会」より生花1対を用意していただいた。
吉祥院「護持会」世話人のみなさん。 親族代表:神奈川より、女房殿の両親にも来ていただいた。
先に、うすさま明王堂の開眼から、僧侶の後一番最後に導師(私)が入場。残念ながら私は、お堂の中で所作をしているので写真には写っておりません。外では錫状を使って護真言等を僧侶のみなさんが、唱えてくださっています。 お堂前で記念写真の後、本堂に移り、本尊「毘沙門天」に「うすさま明王堂」が開眼をしたことのご報告の法要を行います。私は一番高い場所にある、密壇前の導師席に座します。
会計の粕谷さん始め、皆うれしそうに世話人さん方も列席しています。 受付では、副会長の竹内さんが「引き出物」と「祈念散華」をお渡しする係を寒い中していただきました。
私の足下を注目。葬儀の時にはつけない、袴を着用しています。それと畳の上には、特別なお祝いの時にしか蒔かない、「散華」が散らされてあります。
いろいろな絵柄のものがあるのです。 裏には、この様な文字が特別に印刷していただいております。頂いた場合は、額に入れて飾るとか、財布やバッグに入れて、お持ちいただき、幸せを呼ぶとされています。21,12,20

最後に、参加者全員で記念写真を撮らせていただきました。







 本堂周りの側壁改修工事



☆吉祥院東側改修工事、始まる。
 
  H20.5.27
古いトタン板をはがすと、今では珍しい竹と土わらの塗り壁が現れた。おそらく、雨風を防ぐ目的で、あとから改修した物と思われる。 下の方に目をやると、普通よく目にする、軒下が現れた。軒下の上部は、あとから、板と土壁を作り、はめ込んだ物と思われる。おそらく、一番最初は、このあたりは回廊となっていた物と考えられる。
サッシの前は、障子と雨戸だったが、それもあとから付け加えられた物であろう。 防犯灯が外せないので、丁寧にトタンをはいでいく。
土壁がここにもそのままの形で見える。この上には、後日、左官屋に白壁に仕上げてもらう予定。 床下の様子。今回は、石仏は出なかった。
今回、初めて気づいた南側中央の柱。虫が食ってぼろぼろの状態。力がかかり、すでに折れてしまっている。 横から見るとこの状態。
トタンで隠れているので、足下を気にかければわかるのだが、気にしないと見逃してしまう。 建物の両サイドは、柱を新しく1本ずつしょわせるので問題ないが、この部分は、ジャッキを使って全体をあげなければならず、ちょっと大変なようなので思案中。
雨戸の部分も相当の年月の経過で痛みが激しく、戸袋は何年か前に新しくなってはいるが、内側の木材は、ぼろぼろであった。 手前の金属の棚は、バケツ台で、コンクリに直接取り込めてある為に移動ができず、狭い中での作業となっている。平成20年5月27日(水)10:25現在。
一通り、古い桟もはがしたあと、新しく組んでいく。そこには、もちろん水平器が必要になってくる。 土壁も今まで同様に生かして組んでいく。
全体の様子。ここに板をこれから張り付けていく予定。 雨戸の上にも水切りように小屋根をつける。5.27.(水)16:00住職
反対側もこの通りにきれいになりました。 崩れていたわら土葺きももう、見えません。
本堂裏手の背骨の部分の柱。まずは、ジャッキで柱を支えてから、崩れてしまった部分を切り取り、新しい柱を固定して抱かせていきます。 雨戸の戸袋もこんなにきれいになりました。


「お閻魔様」脇室の物置の修理
20,11,24
「今月の言葉」というわけではないのですが、閻魔様脇の物置の改修を始めました。以前にも書きましたが、このお寺は、何度か改修をしながら進化しているお寺で、以前は回廊だったところを壁で区切ったり、棚をつけるなどして、中廊下にしてあったり、部屋や物置にしてあるようです。 床板やねだも抜け落ちてしまっているので、閻魔様の部屋と同じように、「檜舞台」という板を使って、これからきれいに仕上げていってもらう予定です。この中には、火鉢や古太鼓がありましたが、古太鼓の腹はひび割れがかなりあったので、思い切って修理をあきらめました。大工の棟梁の手元に行って何某か別のものに、生まれ変わることになります。
この部屋は、これから、キャスター付きで箱を作ってもらい、体育館の椅子を出し入れするような感じで、年寄りでも楽に道具をしまうことや出すことができるように押し入れを改造します。夏に使う扇風機や椅子、経机など、たくさんのものが収納できるようになります。

11月下旬に、この様に無事完成いたしました。 閻魔様のお部屋と同じ素材の檜を使っているのですが、重いキャスター付きの箱車が出入りしますので、上の写真のように、2枚の板をキャスターの来るところに線路のように引いて使用します。
上の写真がそれを出した状態です。重さがあるので、床の柔らかい檜の板が、へこまない工夫がしてあるのです。 「阿字観」や会議の時に使用する。経机も20購入させていただきました。今までのように重くないので、出し入れしやすく使いやすくなっております。素材は桐です。
建具屋に依頼していたふすまが完成しました。最近の建具は、戸車つきなので、よく動きます。また、ふすま紙は、本堂と同様に「江戸小紋桜」にしてあります。・・・・・・20,12,27 住職。




 H19.7.27吉祥院南側改修工事
トタンも内側の板もボロボロであった。 隣の墓地も迷惑そう・・・。
軒下もこの有様であった。 以前使っていた何の変哲もない蛇口。これがもっと使い勝手のよいものに・・・・。
それがこのようにきれいになりました。 内側もこのように、板で補強していただきました。
トタン屋根にはカラスのあけた穴が・・・。 穴が空いたところを上から張り直すことにしました。

 

東側蛇口は、自分で新品に交換しました。 「キレイキレイ」よかったら使ってくださいね。
蚊が多い季節には、本堂前に「キンカン」も用意します。 南側の水道工事がいよいよ始まりました。
地面をほじくって水道管をつなげ、保護カバーを巻いていく。結構面倒くさそうな仕事です。 お陰様で、蛇口も二つ付きました。現在は、短めのホースもつけてあります。あまった塩ビ管でお花を飾れるようにして頂きました。

桶は、使っていただいて初めて供養となります。 どの桶を使ってもよいのです。片づけもこのようにお願いします。
『枯れた草花やごみは各自でゴミ袋に入れてお持ち帰り下さい。』の看板です。 全体はこのようになりました。みんなで仲良く使ってくださいね。19.7.27・・・住職